オフィスワーカーのほとんどの仕事はテレワークでもそれほどパフォーマンスが落ちないこと、つまり、同僚や上司や取引先と会うためにオフィスに集まる必要がないことが証明されてしまった2020年。
アジェンダ通りに報告事項を読み上げてときおり質疑応答を挟むようなミーティングは(内職もしやすい)オンラインで問題ないし、QAスプレッドシートやガントチャートを見ながら進捗確認をするプロジェクト定例会議だってプロジェクター投影なんかよりもよっぽど鮮明に画面共有ができるオンラインのほうが捗ることがわかりました。
特に、インターネットやクリエイティブ関連の企業の多くは早々に、オフィス出勤を当たり前に戻さないことを決めました。一部の企業では「新しい働き方」へのシフトは終えて、パフォーマンスと従業員満足度の向上を競い合うフェーズに入っています。
そんなテレワーク前提のチームや企業であっても、物理的に顔を合わせたコミュニケーションがまだしばらくは必要だと思われているのがブレインストーミングやワークショップ形式のミーティングです。
ビフォーコロナ時代からテレワークを実践していた企業の間でも、GoogleDocs やエディタからあえて距離をおいてホワイトボードと付箋を使いながら気づきとアイデアを紡ぎ合うブレストやワークショップにおいては、同じ場の空気の共有やノンバーバルなジェスチャーが"化学反応"につながると考えられていました。
・・・と、前置きの話が長くなりましたが、今日は具体的なツール・ソフトウェアの話をします。miro(ミーロ)です。自分が本格的に使い始めたのは7月ながら、メール、GoogleDocs、Slackと並んで仕事を行う上での必須ツールになりました。
ここでは、自分にとってmiroの何がそんなに良かったのかを考えて言語化してみました。
1:制限のない空間(ボード)
Webディレクター10年選手としてmiroの話をするとき、CACOOのことに触れないわけには行きません。CACOOはコラボレーション志向のWebベースのドローイングツールで、自分は会社が変わってもCACOOは変わらずずっと愛用してきました。
miro とCACOOの最大の違いは編集空間に対する考え方です。CACOOはボードの中にシートがあって各シートは8000px四方までと決まっている一方、miroボードは面積の制約がない平面が広がっているだけ。作業の中で情報が膨らんできた場合、CACOOではシート間の整理が必要だけど、miroでは周辺の余白に無限に足していけるので作業や思考を止める必要がありません。
これはどちらが正解だという話ではありません。
2010年代にPowerPoint 以上 Photoshop, Illustrator 未満の図表作成ユースケースを狙っていたCACOOはファイル&シートの考え方を踏襲することで当時のユーザーにとっつきやすくする必要があった一方で、2020年のテレワークとオンラインコラボレーションに最適化されつつあるユーザーにとっては、ファイル&シートはただの制約。「新しい働き方」マーケットだけを狙ったmiroはファイル&シートを捨て自由度が高いユーザーの整理能力に委ねたUIを採用しました。
スライドやシートの制約のないプレゼンツールと言えば、preziを思い出します。
スライドを順に送っていくだけのプレゼンからプレゼンターを開放する preziのコンセプトはmiroと近しかったかもしれません。しかし、テレワークが少数派であった時代/プレゼンはプロジェクターにつないだPCで行われていた時代/PCやブラウザのUI性能が今ほどこなれていなかった時代において、preziはメインの仕事道具になることはできませんでした。早すぎたプロダクトでしたね。
(ちなみにpreziブランドは今も存続していることを確認しました。miroと同じマーケットでの勝負っぽいです)
2:メモ書きからイベント運営まで利用範囲が広すぎる
miroの活用で身近かつ「おお!」っと唸ったのが、12月に開催された京大100人論文でした。
京大100人論文:2020年度は全国拡大版オンライン開催
(執筆時現在はページの下部にmiroへのリンクがあります)
例年ポスターセッション+付箋で行われていた展示のオンライン版ということなので、直感的にもmiroとの親和性の高さは想像できたのですが、
デジタル付箋になったことで、的確なコメントやフィードバックを研究者に伝えることがでできる
ズームアウトして見ると付箋の密度で活気のある研究が視覚的によく分かる
100人の発表を100のフレームにして、ページ送りをしながら見ることができるのでリアルのポスターセッションよりも効率的に見て回れる
YoutubeLiveのイベントと連動していて miro で参加しない(できない)人も,軽く参加できるようになっている
参加者が別々の研究についた付箋同士を勝手線でつなぎ始めるなど、100人の研究を俯瞰したメタなまとめが自発的に行われている
もちろん、京都大学に来なくても世界中のどこからでも誰からでも参加して、研究者と交流できる。
などなど、miroを使い倒すことで例年受け継がれてきた京大100人論文のコンセプト「お互い匿名とすることで本音から生まれるピュアな対話」をより高い次元で実現していることに感動しました。何がいいって運営の人たちがmiroの機能を試してみながら積極的に取り入れていっているところ。スマートでスタイリッシュではないけどアグレッシブなDIY感がにじみ出ています。
僕がmiroを使って黙々と「ひとりブレスト」をしている一方で、京大は100人の研究者とそれ以上の参加者が訪れて同時編集するイベントをmiroで開催。どちらもmiroでOK。便利すぎる。
また、miro はプレゼン利用でも可能性を秘めています。
リモートのほうが都合が良い、リモートだからできるプレゼントはどんなものでしょうか。今、リモートイベントのプレゼンは以下の 5 つの条件を満たすように心がけています。
その日、その時間にいるから意味があると思えるライブ感を出す
参加している人に声をかけたり、その場で受け答えをする
それぞれの理解や解釈を話せる機会を設ける
実践的なシーンを盛り込みながら振り返り体験ができる
参加者の反応や状況に合わせて話の流れを変えられる隙間を作る
こうした条件を満たそうと思うと、一方通行で短調になりやすい Keynote が都合の悪い存在になりました。自由に動き回れるだけでなく、参加者とのコミュニケーションがしやすい Miro へ切り替えました。
仕事場のリモート・オンラインへの移行は「災禍」ではなく、わたしたち一人ひとりの知性とクリエイティビティ進化への「機会」であることを強く感じずにはいられません。
3:非同期で行うブレインストーミング
付箋を使って行うポピュラーなKJ法などのブレインストーミングを想像してみましょう。従来のワークスタイルであればファシリテーターは
共同作業に快適な環境を整えて
参加者にスケジュール調整をして集まってもらい
タイムウォッチで時間管理をしながら付箋を書き出してもらい
それを順番に壁に貼りながら口頭で補足してもらい
休憩時間のスキを見て、付箋を並べ直し
ワークショップが終わればそれを一旦写真にとって文字起こしして
GoogleDocsなどに貼り付けて参加者に共有
みたいなことを脳みそフル回転、気配りMAXで行っていました。
miroはそんなブレインストーミング会議のすべてをデジタル化されたオンラインで圧倒的にファシリテーター側の手間を軽減してくれましたが、それだけではなく、参加者を時間共有の束縛からも自由にしてくれるのではないかと感じています
具体的には付箋へのコメント機能、メンション機能、ボードごとのチャット機能、あとはフレーム単位でのhide 機能(有料/これ便利!)を使いこなせば、ひとつのホワイトボードを1週間くらいの間に参加者がバラバラに何度も訪れながら、アイデアを書き足していくことも可能になりました。
もちろん同期した会話から生まれるインスピレーションや、身振り手振り付きの会話でしか伝えられないニュアンスがあることも否定しませんが、非同期のブレストワークは、より質の高いアイデアや場の雰囲気に流されない冷静な評価を可能にするのではないかと思っています。
付箋の上に描かれた言葉には、書いた人それぞれの感情や発見が詰まっている。そのままにしておくと雑音でしかないかもしれない。しかしそれらをオーケストレーティングしていくことで、ディスカッション参加者の中に、新たな言葉と視点が生まれる。
言葉がフラットになり、上下関係、人間の好き嫌いは関係なくなる。付箋に書かれたメッセージだけに向き合い、それを読み解く真剣勝負の場となる。付箋と黒ペンは、その醍醐味を生み出す源となるのだ。
#02 付箋と民主主義 (ドーナツの穴 ー創造的な仕事のつくり方ー )
ブレインストーミングにおける「付箋」の意味について立ち返ると、オンラインのツール上の方がむしろ会議室よりも理想的で生産的なディスカッションの場が構築できそうな期待があります。
時間を共有しないブレストなんて誰も体験したことがないので最初のうちは冷たい感じがして、パッションが足りない!化学反応が起きない!などの抵抗があるでしょう(自分にもあります)。
しかし、電話しかなかったビジネスパーソンがメールを使うようになったとき、メールからSlackなどのチャットツールで連絡するようになったとき、人間は(少なくともアーリーマジョリティー層までは)ちゃんと合理性を採ったことを思い返すと、近い将来は同期と非同期がハイブリッドになっていくのではないでしょうか。
4:手書きのメモコンプレックスを解決
毎年のように手帳やスケッチブックを仕事に取り入れようとするものの1ヶ月も続かない自分。概念的なものの整理もテキストエディタに構造化したリストで済ますことが多いし、EvernoteやGoogleKeepには整理されないスクショや落書き画像が散らかり放題。
だから、使い込まれた手帳やノートを常に携帯してメモやアイデアを書いている人や、オフィスの壁やホワイトボードと付箋を使ってひとりブレストをしている同僚のことをずっと羨ましく思っていました。デジタルな仕事をしているのに、アナログ。なんかクリエイティブ。
そんな自分にとってのmiroの最大の恩恵はひとりブレストの完全デジタル化ができたことでした。
miroはホワイトボードや紙に書く手触りや快適さをできるだけ再現し、マウスとキーボードで操作するストレスをできるだけ減らすことを大事にしているので、とても手に馴染みます。
前述の京大100人会議のところでも触れたフレーム間のジャンプによるプレゼン機能は、紙のノートではできない快感だし、快感と言えば、無数のオブジェクトで構成されるフレームをまるごと選択してぐいっと大きさを変えてニュイっと違う余白に移動させて大整理が簡単にできるのも(アナログなワークショップを知っている人にとっては)全能感があってよいですよね。
Presentation Mode – Miro Support & Help Center
自分のような「手書きは腰が重い派」にとってmiroのUIは福音です。
斯くして、インターネット環境とGoogle Chrome さえあれば、僕はいつどこからでも「考える」作業に入ることができるようになりました。なんというストレスフリー!
5: 本質的な「仕事」に集中できる
miroはコラボレーションに特化したツールだと思いこんでいたため乗り遅れてしまったのですが、一度使いはじめると、その使い心地とアウトプットが可視化される達成感にハマりました。
今年一緒にお仕事をしていたコンサルタントの方がmiro使いでして、彼はミーティングをしながらずっと手元でmiroを触りながら情報を構造化していて、会議の最後にラップアップとしてそれを共有するというスタイルを確立していました。
このスタイルのいいところは、議事録いらずなんですよね。会議後に別に時間を使って自分やアシスタントがホワイトボードから文字起こしをしたり録音を聞いてまとめる必要はないし、次回の会議のアジェンダや準備もそのボード内に「仕込んで」おけばよい。
すべてのミーティングの情報がmiroの1つのボードに集約されている。複数のツールを横断しなくて良い。下書き用ツールは無く最初からステークホルダーとひとつのボードを共有するだけで良い。
そうすることで、ワークショップの準備、アイデアのメモ、ノート、ラップアップ、議事録、文字起こし、などの「作業」に費やしていた時間やコストがなくなってしまうのです。頭脳のリソースを提供することがビジネスモデルのコンサルにとってこれはありがたいですよね。
そんな刺激を受けたこともあり、常時3つくらいの別々のプロジェクトに関わっている自分も、1プロジェクト1miroボードの運用を始めたのでした。
以上、私的miroの グッとくるポイントでした。
miroの活用方法はは職種や用途によって異なり、さらに日々新しい機能がリリースされているので可能性はまだまだ広がっていくでしょう。hackする感覚が楽しいんですよね。新しいツールは。
これだけ便利なツールなのだからお金を払い始めました。
フリー利用にはアクティブなボードは3つまでという制限と高解像度の画像やPDF書き出しができないという制限があります。特にPDFはmiroを使わない(圧倒的多数の)人とのインターフェイスなので、自分がmiroを使うことを諦めないためのアキレス腱です。
少し悩んだ結果、会社ではなく個人事業主の方でコンサルタントプランを購入しました。会社で使うとチーム契約になるので用途が業務に限られてしまう。miroは社外のプロジェクトはもちろん、旅行の計画とか個人の趣味とかでも使えそうだと思ったので、クライアントごとに公開範囲やメンバーを切り分けできるコンサルタントプランを選択しました。
ひとつのツールが仕事を変える
「働き方シフト」の中で最後まで「オフィスに集まる理由」として残ると思われていたブレインストーミングのようなディスカッションを、ひとつのツールが早くも解決しようとしています。リアルな会議ではできなかった価値や機能も創り出して、働き方やコラボレーションやイベントそのもののありかたを変えようとしています。
働き方が大きく変わる潮目である今、いままでと同じ仕事を便利にできることを目指しているのではなく、新しいスタンダードを作っていこうとしている miro のようなお仕事ツールが面白いと思っています。多くの人の仕事の「型」を変えるという意味では、PowerPointに続く発明ではないのでしょうか。
「働き方シフト」おける企業やチーム側から見たゴールとは、
創造的なアウトプット=イノベーション
チームとして働くことのひとりひとりの充足感=エンゲージメント
について、オフィスに集合して空間を共有していた前時代を上回る状態を作ることだと考えています。
その実現に向けて miroというツールは以下のようなヒントを与えてくれました。
集約による効率化
非同期でOK
DIY的工夫が次のスタンダードを作る
プロダクティブなツールに限らず、インターネットのプロダクトは市場の変化に応じて開発されるのでは遅いのです。不確実な時代の中で、新しいコンセプトを持つツールベンダーとアーリーアダプターによるユースケースの開発が、新しい働き方そのものをデザインしていくほど影響力を持ち得るという話。
せっかくの変化の波なので自分も好奇心を持って積極的に楽しみながら、人よりも早く「あちら側」の生産性と快適性を体験して「はたらく」ことを楽しみたいと思います。
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