(前編はこちら)
2020年10月に刊行された「さよならオフィス」の末章では「これからも必要とされるオフィスの3つの価値」を挙げています。
セレンディピティ(偶発力)
企業内ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)
同時性(同じ空間で同じ体験をすること)
そうそう、このあたりに絞られてきますよね。
逆に言うと、この3つ以外の「仕事に関する活動」については、もはやオフィスが必要な理由にはならない、と極言できるかもしれません。
・・・しかし、大筋には同意できるものの、この本は2020年4〜9月のWeb連載を元に作られた本です。それから1年足らずを経て、私たちの働き方の未来はもうちょっと解像度が上がり、選択肢も増えているのではないのでしょうか?
ここでは、近い未来の可能性として次の2つを考えてみます。
ひとつ目は、リモートワーク体験の進化。
前述の「3つの価値」は今まではオフィスでなければ難しかった体験だったとしても、近い日にはリモートワークでも体験できるようになるのではないでしょうか。
セレンディピティ:ZOOMのような待ち合わせミーティグの次のコミュニケーションとして、常駐型のヴァーチャルオフィスサービスがしのぎを削っています。
企業内ソーシャル・キャピタル:社員同士の関係性の可視化は日進月歩の快進撃を続けるHRテックの次の大きなテーマになって、日本国内向けにもさまざま形のサービスが登場しています。
同時性:メタバース企業を本気で目指すFacebookは、Horizon workrooms をリリースして、リモートワーク下でVRの中で同僚と身振り手振り交えながらコラボレーションするスペースを本気で考えているようです。
2020年8月に小さなスタートアップによって出会い系サービスのスピンオフとして開発されたヴァーチャルオフィス「oVice」はこの1年で、大手の経済誌やテレビ番組で取り上げられるまでになりました。筆者が驚いているのはプロダクトの成長スピードではありません。日本企業 7000件が素早くoViceの導入やトライアル利用を行ったことにあります。
ここで気をつけなければいけないのが、新しいテクノロジーやUIがこれまでの会社の物理オフィスを「再現」したり「肉迫させる」ことを期待しないことです。「リモートで操作できる判子押しロボット」を笑って批評することでこのトレンドを終わらせてはいけません。
セレンディピティしかり協働体験しかり、誰もが想像できる会社のオフィス時代と同質のルールや価値観に基づく体験に固執する(守ろうとする)ことは、「向こう側」の働き方を嫌って足を引っ張っているこことと同じでしょう。
その戒めさえ踏み外さなければ筆者は、働き方を支援する新しいテクノロジーやサービスの未来にとても楽観的です。
もうひとつの未来は、ワーカーによる「働き方の自己デザイン」の広がりです。
パンデミックによって在宅勤務と言う名のリモートワークが突如・大規模に始まったことによって、「仕事に必要なリソースは会社が用意して提供する」という前提が崩されたことは「通勤行為の消滅」と並ぶ大きな変化ではないでしょうか。
在宅で従業員に勤務させるにあたって会社は、パソコンを支給(持ち帰ってOKに)する、業務用スマホを支給する、場合によっては椅子や机も送る。・・・そのあたりまでは今までの延長で行けそうです。
では、家庭で契約しているインターネット回線は?電気代は?オフィスだったら勤務中飲み放題だった美味しいコーヒーは?掃除しなくてもよいオフィスビルの快適なトイレは?そもそも1日のうち8時間この場所で仕事している家賃の負担は??
ワーカーは仕事に関わるアレコレをできる限り会社に面倒を見てもらったほうが本当に幸せなのでしょうか?
いいえ。「会社のオフィス」というテリトリーの束縛から開放されて、在宅でも問題なく仕事はできてしまうということが明らかになった今、電気代や回線費用のサービスを受けてしまっては、今度は自宅が会社の一部として管理されるという新しいスタンダードが生み出されてしまう危険性もあります。
筆者がたまに愛読している WORK MILL という雑誌の中の「WORK-STYLES OF FUTURE 働く場のカンブリア紀 —202X年、オフィス進化論」という企画の中で、産業革命移行のオフィスの歴史が整理されていました。
これをアレンジして自分なりに整理したのが以下のワークスペースの変化です。
部署ごとに集まるオフィス
生産性効率性を高めるオフィス
場所に縛られないオフィス(フリーアドレス)
作業や活動に応じてスペースが変わるオフィス(Activity Based Working)
サードプレイスもインクルードするオフィス
テレワークと両立するオフィス
中心の無い分散型オフィス
コロナ禍前の2010年代、大企業や都心のスタートアップの間ではイケてるABWオフィス(4)が大流行。
一方で、少数精鋭の「まだ持たざる」スタートアップやプロジェクトベースで集合&離散するチームにとっては、時間と場所に拘らない人材を受け入れることが競争優位になります。したがって、オフィスに集まらない働き方(5)がすでに当たり前になっていました。
そして2020年。突如起こったパンデミックによって、それまでの段階を無視して多くのホワイトワーカー(1~4)たちが「できる仕事はできるだけ在宅で」へ移行(6)しようとしました。
コロナ禍以前、フリーランスや副業持ち会社員のような「複数のプロジェクトに所属することがデフォルトなので自分の働き方は自分で決める」ワーカーはまだまだ少数派でした。もともと分散して働いていた彼らはコロナ禍に際して、最も働き方の変化を必要としなかったグループでした。
一方で、コロナ禍以降に初めてテレワークを行った人たちからよく聞く声が「お仕事と家のこと(家事や家族のケア)との両立が難しい」です。「会社のオフィスで働く」ということは、よくも悪くも「会社の仕事に100%集中できる」ということ。「家のこと」が無かったわけではなく、誰かがやってくれていたか、お金で解決していたか、無視していたかのどれかだったに過ぎません。
これはつまり、コロナ禍以降、ひとつ会社に勤める多くの会社員たちが「会社の仕事」に加えて「家のこと」というプロジェクトを並行してマネージメントしなければならなくなったと言うこともできます。
そんなこんなで、さまざまな事情を抱えたワーカーがお仕事(ライスワーク)とプロジェクト(ライフワーク)を同時に、もしくは頻繁に切り替えながら執り行わなければならなくなった今、そのための場所や道具や細かいルールを、one of them である勤め先の会社に依存しすぎてよいのでしょうか。
・・・話をオフィスに戻しましょう。
前述の「さよならオフィス」の第6章「動き始めた個人、不足する「第3の拠点」では、サブスク定住型サービスや他業種のコワーキングオフィス事業参入などの新しい「働き方産業」を紹介する中で「ワークプレイス アズ ア サービス」という概念を提案しています。
必要なときに必要なだけ働く場所を使ってつかった分だけ支払う。
このような選択肢は、まさにいまの社会のペインポイントなのだから、加速度的に増えてサービス自体もどんどん洗練されていくことでしょう。そして、これらのサービスの契約者の少なくない割合が企業勤めのワーカー個人になることも、もはや止められません。
「さよならオフィス」ではワークプレイス ア ズ アサービスが浸透したとしても、オフィスに必要される価値として「セレンディピティ」「企業内ソーシャル・キャピタル」「同時性」の3つを論じていましたが、働き方選択の主導権が、ひとつのプロジェクトとそれに対する報酬を提供する雇用主企業から、複数のプロジェクトをマネジメントする個人のワーカーに移動することで、「【会社の用意する】【物理】オフィス」への求心力はますます低下するだろう、というのが筆者の(希望的観測も含めた)考えです。
このパンデミックがある程度は収束したのち。。
企業勤めのワーカーが集まる場所は会社のオフィス一択ではなく、ワーカーが自分たちで選択した各地の無数のワークスペースであってほしいと願っています。
同じ会社の同じプロジェクトに所属するチームで「たまには会って話しましょう」というときにはそのひとつのワークプレイスに集まればよいだけです。時には気分を変えてワーケーションも良いですね。
ほとんどの業務が個人単位で分散したテレワークでできてしまう一方で、そこに人恋しさを感じてしまうようになった今、たまに同僚と会ってface to face でコミュニケーションすることは完全なハレの日のイベント。遠足のようにワクワクして臨みたいものです。
今思えば2015年、筆者が立ち上げに関わった京都のコワーキングスペースで個人的に秘めていた世界観がこれに近いものでした。個人で活躍するクリエイターやフリーランスやノマドワーカーだけではなく、一般的な企業づとめで普通に頑張って働いているワーカーが、自分の人生をより楽しく刺激的に、そして仕事の方ももっとプロダクティブで創造的な成果を出せるようなオプションとして MTRL KYOTOを活用してほしいという思いがありました。
企業づとめのワーカーに立ち寄ってもらえるコワーキングスペースを目指して、ローンチ当初のMTRL KYOTOは夜の10時までドロップインで利用可能にして珍しいクラフトビールも用意して、来る日も来る日もお店を開けてイベントを打ち続けた結果、いくらかの会社員の方が仕事帰りに立ち寄ってくれるようになりました。
待ち合わせをするでもなくやってきて、たまたまそこにいた知人やスタッフと近況とアイデアを交換し、誰もいなければ会社のオフィスではできない秘密の内職に勤しむ。そんな物好き、もとい好奇心旺盛な会社員たちがフリーランスのクリエイターやひと回り以上若い学生たちとフラットに交流する、そんな場所が好きでした。
さて、こういった働く方の未来の動きは、筆者のような市井のブロガーがダラダラと語るまでもなく、働き方業界(なんやそれ)では「ワークスタイルの民主化」「働き方の民主化」という素敵な言葉でわかりやすく語られています。
山下正太郎×若林恵「社会と働くことの接合点」“ビジョナリーが描く働く場の未来” Vol.1 ※要ログイン
さきほど挙げた「7段階のワークプレイスの変化」の最終形は「中心の無い分散型オフィス」でした。
パンデミックを契機にひとあし飛びでワーカーの各自宅という最小単位への「分散」は成されてしまったわけなので、あとは【会社の】オフィスがなくなればはめでたく完成です。
やっぱり、会社のオフィスはいらなくなると思うのです。