大阪から30分、日本海の漁港へ。
北陸新幹線について、みたび考える
ひさしぶりのニュースレターをお届けします。
この話題、北陸地域との関わりが薄い人には興味のないことは承知の上です。
ただ、長期プロジェクトにおける前提条件の崩壊、ロジックだけでは立ち行かない地方の感情と大人の事情……という日本のリアルが詰まった北陸新幹線論争について知ってほしく、このエッセイとは別にこんなサイトも作りました1。
合わせてお読みいただければ幸いです。
大阪から日本海の港町、小浜まで電車で30分。
北陸新幹線が敦賀から新大阪まで延伸すると、そんなことが実現するそうだ。
わが家では年に2、3回、車を借りて小浜に行く。朝一番に漁港へ行って、新鮮な魚を食べたり買って帰ったりするのは海のない京都市民にとってささやかな贅沢。かつて、小浜のある若狭国は「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、都に豊富な海産物や塩を納めた地域であったそうだ。
車でゆっくり休憩しながら行けばやっぱり2時間ぐらいはかかる距離。電車だと乗り換えとローカル線が不便で敦賀でいいか、となってしまうような場所。
そんなところに、大阪から30分で行けるようになるかもしれない。
大阪から電車で30分というと、新快速で京都や神戸三宮くらいの感覚だ。同じ関西の奈良や和歌山よりもずっと早いので感覚がバグってしまいそう。
でもこの感覚は、2024年の延伸時に敦賀〜福井間で体験済みだ。「同じ県内だけど、まあまあ遠い場所」だった敦賀へものの15分で到達したとき、シンプルに人類の叡智に感動してしまった。
北陸新幹線のことをこのニュースレターで書くのは3回目。
2023年のエピソードでは経済的合理性に一定の理解を示し、2024年のエッセイでは敦賀延伸時にあの福井が、全国ニュースの中で少し誇らしげに映っているのを見て「おめでとう」と祝福をした(歌も作った)。
福井で育ち、いま京都に住んでいる自分にとって、北陸新幹線の敦賀から新大阪への延伸問題は、真面目に向かい合えば向かい合うほど揺れ動く面倒なイシューだ。
故郷である北陸と関西が(ふたたび)太くつながることを歓迎する気持ちがある反面、京都に住む人間としては税金を使って25年もかけて市街地の地下を掘ってまで通してほしいとは、まったく思えない。
そもそも昭和の時代に構想された夢いっぱいのインフラ計画を、人口も働き方も財政の前提も変わった今、同じ熱量で進めることには違和感しかなく、建設費の高騰や工期拡大の数字を見て、その感覚はさらに強まっていた。
申し訳ないけど、僕たち京都市民には小浜から新大阪への延伸を受け入れがたい理由が揃っている。
ただ、その理由は、京都の外から騒がれているものではないことを書き記しておきたい。
この話題になるとまず、京都の酒造りや豆腐や友禅などの文化を支える地下水の問題が出てくる。そこに被せて仏教界からの「1000年の愚行」なんていうマスコミが喜ぶような言葉も飛び交っている。
ただ、この「京都の地下水を守る」という語り口には居心地の悪さを感じている。どの地域にだって、地下を大きく掘ればリスクはあるはずだ。京都の水だけが特別で、京都の文化だから守られるべきものだ、という経済界の主張が見え隠れすると、京都に住んでいる人間としては、少し恥ずかしく思うことがあります。京都だけが特別であって良いわけはないのに。
それよりも、新幹線延伸反対には、切実な暮らしを守る理由がある。
人が多すぎる場所・駅にこれ以上人を増やしてほしくない。バスもタクシーも混み、駅の中を歩くだけで体力(というかMP)を消耗する。
京都市民は、京都駅をなるべく避けて暮らしている。少なくとも自分は京都駅を避け、他路線で時間をかけて大阪に通勤している。2
もちろん、オーバーツーリズムをつくる原因は新幹線だけではないけど、京都駅に別の新幹線を通すなんて、今でもあふれているコップにさらに水を注ぐような提案をされている感じがする。
それが生活者の実感だ。
それから、工事の期間もある。着工してから最低でも25年とか。自分たちの税金を使って、京都市街地の地下深くで長い工事が続く。子どもの世代の京都市民にとっても必要かどうかわからない。それを「国全体の未来のため」とよろこんで受け入れられるほどの余裕がある人は、ほとんどいないだろう。
未来という言葉は、便利です。
便利すぎて、今そこに住んでいる人の疲れを、簡単に見えなくしてしまう。
京都市に住んでいる自分にとって、この延伸は不要だと思う。
時代が変われば計画当初の目的がその意味を失うことがある一方で、新たな目的を持たせることも可能になります。
それが、現在検討されている8ルートのうちのひとつ、小浜・亀岡ルートだ。
京都駅はもちろん京都市街地を通さず、丹波エリアを南下して新大阪へ向かう。数字を見ても、建設費は小浜を通る案の中で最も小さく、北陸から新大阪への到達時間は僅差で最短という試算になっている。そう、これが「大阪から日本海まで30分」のルートです。
その代償として面倒な乗り換えが発生するので京都駅への時短効果はほとんどない。だから北陸周りで京都へ来る人にとっては、不満の一つも言いたくなるような体験になるだろう3。すでに進んでいた計画を変えるため、アセスメントをやり直すことで開業がさらに遅れることも指摘されている。
ただ、このルートならややこしい街・京都市からの反対は減り、京都駅の過密化も避けられる。東海道新幹線と並走する距離も小さくなり、災害時の代替ルートという意味でも、より地理的な分散を実現できる4。
そして何よりも、亀岡を通るということは、丹波地域を通るということでもある。
丹波は、京都府だけの地域ではありません。兵庫県の丹波篠山市や大阪北部ともつながる広い文化圏だ。自分は以前、この地域に関わる仕事をしていたことがあって、亀岡、園部、京丹波、篠山あたりの地名を聞くと、単なる地図上の場所というより、手触りのある豊かな地域として思い浮かべることができる。
京都市を通らなくても京都府民として税負担はある。加えて、京都市から北陸へのアクセスは便利にならない5。
それでも、西日本から日本海へのアクセスがよくなり、若狭と丹波というふたつの地域が大きな交通の線に触れるのなら。
そのために府の税金が使われるのならありじゃないかと。
もちろんこれは、京都市民の勝手な「都から目線」に過ぎません。丹波エリアの自治体の首長たちが新幹線誘致の決起集会を開いたからといって、そこで生活している人の意見が集約されているわけがない。
新幹線が通ることで暮らしが変わることを、地元の人が本当に望んでいるのか。逆に地域の大事な文化が破壊されたりはしないのか。
そんなことは、自分にはわかりません。
京都市にも、丹波にも、滋賀にも、大阪にもそれぞれの生活と文化の事情がある。
ただ、2024年に皮肉を込めて「敦賀―小浜だけの延伸」6とか、屁理屈に近い「サンダーバードを富山まで復活させる」7主張をしていたよりは、新たな未来のオプションを見ることができている気がするのです。
現時点で8ルートまで膨らんでいる、敦賀から新大阪への延伸計画。ここまで計画が混迷しているのは、新幹線を通す目的と、選ぶ基準がずっと曖昧なままだから。
〜経済効果。所要時間。建設費。災害時の代替ルート。環境。地元の悲願。国家的なネットワーク。観光。地域振興〜
各自治体やJRそれぞれの利害の落としどころが絶望的に見つからないのならば、国が今の時代に合った判断基準を示したほうがよさそう。(敦賀止まりの現状維持という消極的選択のための時間稼ぎをしていないのであれば、だけど)
今の自分がしっくりくる言葉を置くなら、「日本の発展」よりも「地域の維持」。地域の文化と生活を、どう維持するか。
小浜に新幹線を、という願いの中身も、もはや「発展」ではない気がします。独自の文化を持った小さな町が消えていかないようにすること。地域格差をこれ以上広げないこと。そこに住む人が、住み続けられる選択肢を残すこと。
それなら、丹波も同じです。大都市とつながる別の線を持たせること。
滋賀も同じ。湖西線を生活路線として残すこと。
そして、京都市街地も、少し違う意味で同じ。オーバーツーリズムで生活が圧迫されている京都市街地をこれ以上混ませないこと。
全部、「発展」ではなく「維持」という言葉で考えると、50年前の計画や方針をそのままなぞるよりは同じ方向を向ける気がする。
田舎はどこも同じように衰退して大都市だけが便利になっていく日本よりも、いろんな地域のいろんなお祭りやいろんなおいしいものが、どうにかこうにか残されている日本のほうがいい。
大阪から30分の日本海のまちーー
その言葉には、元来新幹線が帯びていた便利な未来への希望がまだ残っている。
小浜という地方の町に新幹線の駅ができる、という話ではなくて、関西の都市から「日本海に達する」感覚そのものが変わるのだとしたら。
京都市内に住む自分には不要でも、西日本全体として見ると、つなげる意味はあるのかもしれない。
だとしてもその未来は、どこかの地域のライフラインを消滅させたり、どこかの街の住みづらさを助長したり、どこかの村のそこにしかない暮らしを切り捨てるような、犠牲の上に成り立つものであってほしくないとは思う。
日本海に早く・速く着けることよりも、その途中にある町たちにも、ちゃんと光が当たること。
自分はそちらのほうが気になっている側の人なのです。
このようなデータの視覚表現とナラティブ(物語)を融合させたニュース記事の表現を、メディア・ジャーナリズムの界隈では、通称「Snowfall/Snowfalling」と呼ぶ。これは、2012年にニューヨーク・タイムズが公開し、ピューリッツァー賞を受賞した豪雪遭難事故の特集記事『Snow Fall』に由来している。当時にこれを実現するには、優れたリサーチャーとデータサイエンティストとUIデザイナーとフロントエンドエンジニアのチームが必要だった。
京都市は観光都市化や地価上昇の影響もあり、住居費や生活費が高い街になっている。その上で、京都府には北陸新幹線建設の地方負担が発生する。財政に余裕があるとは言いがたい地域で、その負担がさらに載ることへの抵抗感がある。
さすがに亀岡の駅を「新京都駅」「西京都駅」とは言わないだろうけど、「京都亀岡駅」はありそうだ。
北陸新幹線の新大阪延伸を正当化する理由のひとつに、東海道新幹線の災害時代替ルート、いわゆるリダンダンシーとしての役割がある。南海トラフ巨大地震などを想定した場合、東京―大阪間の別ルートを持つことは国家的に重要だ、という主張である。
亀岡駅から京都駅への移動があるため、時短効果はほとんどなく、北陸から京都を目指す旅客にとってはほぼメリットがない。さらに、現在決定されている整備計画から外れるため、計画変更や環境アセスメントのやり直しが必要になる可能性があり、実質的な開業が2050年代後半まで遅れる可能性がある。
敦賀―小浜だけの延伸が難しい理由として、フル規格新幹線はトンネルや駅の固定コストが大きく、短区間だけ作ると1kmあたりの単価が割高になることがある。また、小浜を終着駅にするなら折り返し設備も必要になる。小浜駅の乗降客数だけで、新幹線の運行を経済的に正当化することも難しい。
サンダーバード復活が難しい理由は、敦賀以東の在来線がハピラインふくいなど第三セクターに移管されているため。整備新幹線のスキームでは、新幹線開業に伴って並行在来線をJRから経営分離し、在来線特急も新幹線に移行することが前提になっている。金沢開業時には富山方面へのサンダーバード乗り入れがなくなり、敦賀延伸時には金沢乗り入れもなくなった。この前提を覆すには、全国に波及する政策変更が必要になる。




