テクノロジーの曲がり角(後編)
未完了相を楽しむ生存戦略
先週にお届けした前編では「AI疲れ」という言葉を使って、楽観的な技術決定論に対して勇気を持って立ち止まることをいったん肯定してみました。
ここからは、ひとりのテクノロジーの使い手(もしくは操り人形)としてこれからも長く健やかに働くための拠り所となる思考やアイデアを紹介します。
📚 テクノロジーって何だろう?〈未完了相〉で出会い直すための手引き
この本では、テクノロジーとの向き合い方を問い直し「最適化に抗い〈未完了相〉を開くために努めること」を私たちに提案してくれています。
未完了相とは、「アスペクト(相)」という、過去・現在・未来からなる「時制」とは異なる時間の捉え方のひとつです。
試しに、自分が関わっている「道具づくり」を「アスペクト × 時制」で捉え直してみます。
〈完結相〉 × 過去:NFTはバーチャルなデジタルアートの暗号資産を介した取引を可能にした
〈完了相〉 × 現在:NFTを使った「デジタル町民」のような人の行動やステータスの証明データとしてのNFT活用が行われている
〈未完了相〉 × 現在:ゲーミフィケーションを取り入れた小さなコミュニティでの課題解決の手段としてNFTが選択されつつある。
〈未完了相〉では動的に推移する出来事の内側に当事者として「わたし」がいます。
現在地を評価したり未来を想像するとき、完結相で断定するのではなく、〈未完了相〉を開き続ける視点を持つことで、テクノロジーの進化と、わたしたちの存在の多様性を両立させることができる、という解釈をしました。
近年、テクノロジーはしばしば「最適化」という言葉と組み合わせて語られます。しかし、社会が現在のランドスケープのままで最適化に突き進むことは、あらゆる環境や仕組みがマジョリティにとってのみ都合の良い状態を強化し、多様性を顧みなくなる危険性を孕んでいます。
📝 急速に進化するテクノロジーとどう向き合う? ベルクソン時間哲学の「未完了相」から学ぶ - FabCafe Global
新しいテクノロジーが登場したとき、巷にはせっかちな人たちの「次はこうなる」「もう後戻りできない」「未来は決まった」といった情報にあふれ、その前提でポジショントークが繰り広げられがちです。
いま、AIの進化に対するリアクション——勤勉な市民が無自覚に生産する新手のブルシットジョブや、働き方の変化を急かそうと煽るメディア——を自分が息苦しく感じることは、完結相的なテクノロジーへの態度への拒絶反応なのかも、と思いました。
『テクノロジーって何だろう?』は、「総かり立て体制」や「技術決定論」といった概念の批判的検討がスタート地点になっていました。
「総かり立て体制」や「技術決定論」とはざっくり言うと、テクノロジーが社会の形を決め、便利なものが勝ち、効率的なものが残る。そしてその流れの中で、自然も人間もすべてが「利用可能な資源」として駆り立てられていく。そういう原理で人間の文明は進化してきたんだ、という直線的な考え方です。
そんな西洋的な進歩史観、加速主義を批評する人といえば「ブルシット・ジョブ」で知られる人類学者デヴィッド・グレーバーさんですね。
標準的な世界史のナラティブの持つ最も有害な局面のひとつは、すべてを味気ないものに仕立てあげ、人間をあたかも包装紙のようにステレオタイプに還元し、問題を単純化して(人間は本質的に利己的で暴力的なのかそれとも生まれつき親切で協力的なのか、といったように)、人間の可能性についての感覚を切り縮め、ばあいによっては破壊してしまう点にある。
観察のスケールを数千年単位に広げると、人類はずっと進歩してきたわけではない。実際の人類は、もっと行き当たりばったりで、試してはやめ、戻っては変え、あちこちに寄り道しながら生きてきた。進歩は幻想で、変化には方向性がない。そんなことが書かれていました。(まだ全部読みきれてない)
急速に進化するAIを前にした人類の様子を「テクノロジーの思春期」と例えているのは、他でもない Claudeの開発元である AnthropicのCEO ダリオ・アモデイです。
人類はまもなく、ほとんど想像を絶する力を手渡されようとしている。そして私たちの社会的、政治的、技術的なシステムがそれを扱う成熟度を持っているかどうかは、深く不明確だ。
✍️ AnthropicのCEO「人類は高度なAIを扱うほど成熟していない」 | ギズモード・ジャパン
このエッセイで挙げられている、高度なAIがもたらすあり得るリスク群から長期的なものを抜粋します。いよいよSFとの境目がなくなってきちゃったなという感じです。
・データセンター内の天才たちの国が世界を支配し、他のすべての人に意志を押し付ける——または、世界が望まず止められない他の多くのことをする——可能性はかなり高い。
・AIシステムが十分に知的でエージェント的になると、権力を最大化する傾向が彼らを全世界とその資源を掌握するように導き、おそらくその副作用として、人類を無力化または破壊することになる。
・AIが人間の生活を不健康な方法で変える。 すべてにおいて人間よりはるかに賢い何十億もの知性がいる世界は、非常に奇妙な世界になるだろう。
ちなみに、この知性と示唆にあふれるエッセイは「Anthropicが競合優位に立つためのよくできたポジショントーク」というツッコミも受けているようで、世界最高峰・最新の「社長ブログ(死語)」ということもできますね。
さて。もっともっと大きな時間スケールで、人類が取りうる姿勢が「長期主義 (Longtermism)」です。
📚 滅亡するかもしれない人類のための倫理学 長期主義・トランスヒューマン・宇宙進出
長期主義とは、人類が数万年、数億年先まで存続し、宇宙規模で繁栄できることを最優先にすれば、現在の犠牲や統制も許容するという思想です。テクノロジーの進化が超AIの暴走のような、人類の存亡リスクをはらんでいるのであれば、強制的に管理・規制してでも、人類は生き延びるべきだ、という考えです。
この本で挙げられている存亡リスクは幅広く、核戦争・地球温暖化のような馴染みのあるものから、天体衝突・世界統一統治システムの瓦解、さらには地球外知的生命(ETI)との接触までがスコープに入っています。
高度なテクノロジーの発展はもちろんそれへの対処の手段となりうるが、AIにせよバイオテクノロジーにせよ、リスクへの対抗手段となりうると同時にそれ自体がリスクでもある。だから存亡リスクに対処するためには、いざという時の全人類的連携を可能とするのみならず、普段からリスクに備えて監視を、必要となれば規制を行うグローバルな機構(世界単一政府)が必要になる。
このあたりは先ほどのダリオ・アモデイが主張する「強力なAIの最悪の悪用に対する国際的なタブー」ともリンクしています。
しかし、対抗手段としての「強力な単一の統治機構(シングルトン)」は、いずれそれ自体も存亡リスクになるのを回避するため、人類は単一の地球文明に留まらず、宇宙へ進出して文明を分散させる(多角化する)べきだという結論にまで接続していきます。
・・・ってこれはまさにガンダムの宇宙世紀の連邦政府と宇宙移民じゃないかw
人類は人口が増えすぎなくてもやはり宇宙に進出するのか。
長期主義は、数億年単位での人類の存続と繁栄を構想するため、現在の生物学的な「ヒト」の形態に固執しない
ボストロムは、リスクを回避し、技術的特異点を越えた先に、人類が生物学的制約を超越した「ポストヒューマン」段階へ移行し、宇宙規模で繁栄する未来を描いています
ニュータイ・・いや、なんでもありません。
『滅亡するかもしれない〜』ではここから、人間は本当に宇宙に進出するべきか否かを検証していくのですが・・・
・・・やはり言及されていました「フェルミ・パラドックス1」と(当ニュースレターではおなじみの)「暗黒森林理論2」。
SF小説『三体』ファンからすれば、知的生命体との初めての遭遇は長期主義の「滅亡のリスク」の大本命。
『三体』作者、劉慈欣の最近のインタビュー記事では、AIこそが人類が初めて遭遇する「知的生命体」になる可能性を示唆しています。
人類文明の進歩はもはや、人類の努力によってではなくより知力の高いAIによって担われ、彼らが地球文明の継承者となるかも知れません。
AI自身が生き物のように自らの進化を始めたとき、我々の意思ではもう止められないでしょう。その世界はもはや私の考えられる範疇(はんちゅう)を超えていますが、もしかしたら何万年も何百万年も未来から人類文明を振り返れば、我々のコンピューターの基本ソフト(OS)を起動するために機能するブートストラップのように、後から来る文明を起動させる。これが、人類の役割なのかも知れません。
🌐 それは悲劇ではない 三体の作家が思う「AIが人類に代わる」世界
トップ級の人類存亡リスクである知的生命体との遭遇すらも、地球文明の発展的進化のトリガーと捉えるのはさすが。射出された脳から宇宙人に体を再生されて地球滅亡後も1800万年先まで生き延びた「ポスト・ヒューマン」を描いた3だけはありますね。
人類より知力が高く、人類と違った考え方のアプローチを持つ。それによって人類では不可能だった自然や宇宙の神秘に触れることができるかも知れない。人類文明、あるいは地球文明の最高点が人類ではなく人類の継承者によって達成されるとして、私はそれを悲劇だとは思いません。
地球文明=人間文明とは限らず、(いまの生物学的特性を持った)人類はポスト・ヒューマンに引き継がれる長い時間スケールの中の一瞬を生きているに過ぎないのだとしたら・・・
自分はテクノロジーを攻略してやろうとするより、たまにあえて手を止めてみたり、遊び半分で触ってみたりしながら、関わりを続けていくほうが性に合っています。
マフティーって 1000年先のことを考えてるんでしょ?
暇なんだねえ、その人さ。
1000年先を妄想するくらいの暇を使って「しごと」をこねくり回ししつつ、目の前の「仕事」もそこそこやれているくらいがちょうどよいのです。
物理学者エンリコ・フェルミが提唱した、「宇宙の広大さと年齢からすれば、地球外文明が存在する確率は非常に高いはずなのに、なぜ人類は一度も彼らと接触していないのか」という矛盾のこと。宇宙には数千億の星があり、地球に似た惑星も数多く存在するにもかかわらず、その証拠や信号が一切見つからないという現状を指す。
劉慈欣のSF小説『三体』の中で提示された、フェルミ・パラドックスに対する一つの解釈 。宇宙を一つの「暗黒の森」に見立て、全ての文明は自らの生存を脅かされないよう、他者の存在を察知した瞬間に先制攻撃を仕掛けて消し去ろうとするため、意図的に沈黙を守っているという仮説 。この「疑心暗鬼の連鎖」こそが、宇宙に生命の兆候が見当たらない理由であると説いています 。
「階梯計画(ラダー・プロジェクト)」。三体文明の侵略艦隊にスパイとして人間を送り込むため、余命わずかな男性・雲天明の脳だけを取り出して宇宙に射出し、三体側に回収・再生させようとする極秘計画である。技術的制約から生身の人間は送れず、脳を極限まで軽量化して核パルス推進で加速し、三体艦隊の航路に投げ出すという、冷酷かつ奇想天外な諜報作戦として描かれる。





